もしもの物語・作品例
もし、あのとき違う道を選んでいたら——。AIが綴る“もうひとつの人生”の短編を6編、そのまま読めます。読み終えたら、あなた自身の「もしも」も綴ってみてください。
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あの町の、まだ明るい台所
もし、あのとき地元に残っていたら
あなたは二十二歳の三月、駅のホームで足を止めた。決まっていた東京の会社には、前の晩に辞退の電話を入れてあった。理由はうまく言葉にならなかった。ただ、改札の向こうで小さく手を振る母を見て、この町を出たら大切な何かがほどけてしまう気がした。そうして、あなたは電車に乗らなかった。
その春から、あなたは隣町の信用金庫で働き始めた。給料は上京した同級生の話に比べれば地味だった。二十六で高校の同級生と結婚し、市営住宅から始めて、三十で中古の一戸建てを買った。子どもが二人生まれ、庭の隅に父が植えた金木犀が毎年秋に匂った。SNSに流れてくる東京の友人の華やかな暮らしを、あなたは寝る前にときどき眺めた。行っていれば、と思わない夜はなかった。
四十を過ぎて、父が倒れた。あなたは仕事の帰りに毎日実家に寄り、母と交代で介護をした。もし遠くにいたら、この時間は持てなかった。父は最後まで、あなたが淹れたぬるいお茶を好んだ。葬儀の夜、幼なじみが十人も集まって、誰かの軽トラの荷台でビールを飲んだ。都会には、こういう夜はないのかもしれない、とあなたは思った。
五十を目前にした今も、あなたはあの信用金庫にいる。窓口で近所の老人の年金を数え、名前で呼ばれ、名前で呼ぶ。手に入れたものは、派手ではないけれど確かに温かい。失ったものは、たぶん、見ることのなかった別の景色だ。夜、台所の電気を消す前に、金木犀の枝が窓に触れる音がした。あなたは、まだこの町の明かりの中にいる。
辞めなかった月曜日
もし、あの会社を辞めていなかったら
あなたは二十九歳の秋、机の引き出しにしまった退職届を、結局出さなかった。独立してカフェを開く——そんな夢を、同期の飲み会で笑い話にしたのはもう何度目だったか。翌朝、いつもの満員電車に揺られながら、あなたは「あと一年だけ」と自分に言い聞かせた。その一年が、気づけば十五年になった。
会社は潰れなかった。あなたは着実に昇進し、三十五で課長になった。住宅ローンを組み、子どもを私立に入れ、毎年の家族旅行は少しずつ贅沢になった。安定は、退屈と背中合わせだった。会議の合間、ふと窓の外を見て、開かなかったカフェの木のカウンターを思い描くことがあった。豆を挽く音、常連の顔。想像の中の店は、いつもよく流行っていた。
四十三の春、部下が独立して小さな会社を立ち上げた。送別会で、あなたは柄にもなく長く喋った。「俺は、やらなかった側の人間だから」。そう言って笑ったら、少しだけ喉が詰まった。帰り道、コンビニの前で、あなたは初めて自分の選択を声に出して認めた。逃げたわけじゃない。守るものを、守ったのだ。
今、あなたは部長の席にいる。夢だったカフェは開かなかったが、代わりに、上の子が「お父さんの会社ってすごいね」と言った日のことを覚えている。手に入れたのは、揺るがない足場。失ったのは、確かめられなかった自分の可能性だ。月曜の朝、あなたは今日もあの電車に乗る。窓に映る自分の顔は、思っていたより、悪くない。
言えなかった、四文字
もし、あの人に「好きだ」と言えていたら
あなたは十八の冬、駅の改札で、その人を呼び止められなかった。卒業の日だった。もう会えないと分かっていたのに、あなたの口は「じゃあ、元気で」しか言わなかった。四文字が、喉のところで凍りついた。その人は少しだけ振り返り、それから人混みに消えた。あなたは、動かなかった自分の足を、長いあいだ許せなかった。
その後の人生を、あなたはちゃんと歩いた。大学を出て、就職して、別の人と恋をして、一度は結婚も考えた。悪い時間ではなかった。ただ、雨の匂いのする夕方や、ふと流れる古い歌の途中で、あの改札の光がよみがえった。もし言えていたら。その仮定は、甘い痛みのように、二十年ものあいだあなたの奥にあった。
三十九の秋、同窓会の帰り道で、あなたは偶然その人と二人になった。互いに家庭があり、髪には白いものが混じっていた。あの日のことを、その人は覚えていた。「言ってくれたら、たぶん困ってたと思う」と、その人は笑った。「でも、うれしかったと思う」。あなたは、二十年遅れて、少しだけ救われた。
言えなかった四文字は、たぶんもう、どこにも届かない。けれどあなたは知っている。その痛みがあったから、次に好きになった人には、ちゃんと伝えられたのだ。改札の光は、今も消えない。でもそれは、後悔というより、あなたを少しやさしくした古い傷のかたちをしている。
選ばなかった指輪
もし、あのとき結婚していたら
あなたは二十七の冬、差し出された指輪に「ごめん」と答えた。相手が悪かったわけではない。むしろ、これ以上ないほど誠実な人だった。ただ、当時のあなたは仕事に脂が乗っていて、誰かの人生を背負うことが怖かった。相手は静かにうなずき、半年後には別の人と婚約した。あなたは、自分の選択を正しいと思い込むことに、その後の何年かを使った。
もし、あのとき「はい」と言っていたら。あなたは三十を待たずに家庭を持ち、子どもに恵まれただろう。休日は公園で、平日は共働きで、喧嘩もして、それでも食卓には毎晩誰かがいた。仕事のキャリアは今より地味だったかもしれない。昇進を一度見送り、送別会より授業参観を選ぶ人生。手帳は家族の予定で埋まり、一人の時間はほとんどなかっただろう。
四十を過ぎたあなたは、そのどちらの人生も少しずつ想像できるようになった。選ばなかった方の食卓の明るさも、選んだ方の静かな自由も、どちらも本物だった。ある夜、昔の相手から届いた年賀状の子どもの写真を、あなたは長く見た。うらやましさと、安堵と、名前のつかない何かが胸を通り過ぎた。
今のあなたは一人で、仕事も趣味も自分の裁量で選べる。それは確かに、あなたが望んだ自由だ。ただ、指輪を返したあの冬の相手の顔を、あなたはまだ覚えている。後悔ではない。ただ、選ばなかった人生にも、ちゃんと灯りがあったことを、今は知っている。それだけで、少しだけやさしい気持ちになれる。
まだ、絵を描いていたら
もし、夢をあきらめていなかったら
あなたは二十四の春、画材を段ボールに詰めた。美大を出たものの、絵で食べていく自信が持てなかった。周りが次々と就職を決めるなか、あなたは筆を置き、事務職の内定を受けた。安定した給料が、初めての一人暮らしを支えた。悪くない生活だった。ただ、画材箱は押し入れの奥で、開けられないまま十年が過ぎた。
もし、あきらめていなかったら。あなたはきっと、しばらくは苦しかった。バイトを掛け持ちし、六畳の部屋で夜中まで描き、コンペに落ち続けただろう。三十で一度、全部やめようと思う日もあったはずだ。それでも、小さな個展に足を運んでくれた誰か、一枚だけ売れた絵、名前を覚えてくれた画廊の主人——そういう欠片が、あなたをもう一年、また一年と描かせ続けた。
四十の今、想像の中のあなたは、有名ではないが、絵で暮らしている。裕福ではない。けれど、朝いちばんに向かうのはキャンバスで、描きたいものを描いている。手が絵の具で汚れている。その手を、想像の中のあなたは誇らしく思っている。
現実のあなたは、押し入れの画材箱を、この前の週末にひさしぶりに開けた。乾いた絵の具の匂いがした。あきらめたことを、後悔とは呼ばない。守った安定も、確かにあなたを生かしてくれた。ただ、あの匂いを嗅いだとき、胸の奥がわずかに痛んだのは事実だ。あなたは箱を閉じずに、机の上に一本の筆を置いた。もう一度、描いてみてもいいのかもしれない。
行かなかった海の、向こう
もし、あのとき留学していたら
あなたは二十一の夏、合格していた留学の話を辞退した。奨学金は足りず、親に負担はかけられなかった。何より、慣れた場所を離れる勇気が、あと一歩ぶん足りなかった。友人が空港へ発つのを見送りながら、あなたは「自分には無理だ」と自分に言い聞かせた。その夏の海の色を、あなたは今もよく覚えている。
もし、行っていたら。あなたはきっと、最初の数か月は言葉に苦しんだ。孤独で、電話口で泣いた夜もあっただろう。それでも、異国のスーパーで値段を覚え、下手な言葉で友達を作り、まったく違う価値観の人々の中で、あなたは少しずつ自分の輪郭を描き直していった。帰国したあなたは、以前より物おじしない人になっていたはずだ。世界は思ったより広く、そして自分は思ったより歩ける、と知っていた。
四十の今、現実のあなたは地元で堅実に暮らしている。それは恥じることではない。ただ、テレビに映る遠い国の街並みを見るとき、あるいは外国語のアナウンスを空港で聞くとき、行かなかった海の向こうが、ふと胸をよぎる。あの夏、もう一歩踏み出していたら見えた景色を、あなたは想像することしかできない。
けれど、あなたは気づいている。あの時の「無理だ」という声は、本当は「怖い」だっただけだと。だから今、子どもや後輩が挑戦を迷っていると、あなたはこう言う。「行ってきなよ。海の向こうは、思ったより近いから」。行かなかったあなたが、誰かの背中を押している。それも、ひとつの旅の形なのかもしれない。